大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1158号 判決

控訴人

荻上義治

右訴訟代理人

中村護

外二名

被控訴人

荻上麻男

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人の主位的請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し、原判決書別紙目録(二)記載の土地につき、昭和四五年五月一九日の贈与に基づく所有権移転登記手続をし、かつ、右土地を引き渡せ。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。(主たる請求として)被控訴人は控訴人に対し、原判決添付別紙目録(一)記載の土地につき昭和四五年一〇月二二日付売買に基づく所有権移転登記手続をし、かつ、右土地を引き渡せ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。(予備的請求として)被控訴人は控訴人に対し、原判決添付別紙目録(二)記載の土地につき昭和四五年五月一九日の贈与に基づく所有権移転登記手続をし、かつ、右土地を明け渡せ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、次に付加するほか、原判決書の事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は、

仮に本件(一)の土地の売買が、被控訴人と控訴人の代理人荻上英との間ではなく、被控訴人の無権代理人であるその妻利江と控訴人の代理人荻上英との間でなされたものであるとしても、小金井市東町四丁目にある宅地二五〇坪程の土地のうえに家屋を新築する資金を得るため利江が右売買契約を締結したものであり、被控訴人は右家屋の建築工事が開始されて以後、これに積極的に協力参加し、その完成後はそこに居住してその利益の全部を得ているのであり、これらにより、被控訴人は利江の右無権代理行為を追認したものである。原判決書添付図面(一)および図面(二)を本判決書添付図面(一)および図面(二)のとおり訂正する。と陳述し、

被控訴人は、

右家屋に居住したことは事実であるが、居住したことをもつて直ちに被控訴人が利江の行為を追認したとはいえない。追認したとの控訴人の主張は否認する。図面の訂正には異議がない。と陳述した。

控訴代理人は、当審において新たに、当審の証人荻上千春、控訴本人の尋問を求めた。

当裁判所は、職権で被控訴本人を尋問した。

なお、原判決書五枚目表八行目の「認め」の次に「(ただし、被告は強迫によつて書かされたものである)」を加える。

理由

一控訴人は、控訴人の代理人荻上英が昭和三五年一〇月二二日被控訴人から本件(一)の土地八〇坪を買い受けたものである旨主張するので、先ずこの点について判断する。

この点についての当裁判所の判断は、次のとおり付加するほかは、原判決書の五枚目表末行目から七枚目表九行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

ただし、原判決書五枚目裏三行目の「証人荻上元江の証言」の次に「、第二審の証人荻上千春の証言」、同三、四行目の「原告本人尋問の結果」の次に「(第一、二審)」、同五行目の「被告本人尋問の結果」の次に「(第一、二審)」、同七行目の「被告本人尋問の結果」の次に「(第一、二審)」をそれぞれ加える。

そこで、次に控訴人が当審でした被控訴人は利江の右無権代理行為を追認したものであるとの主張について判断する。

被控訴人の妻利江は、小金井市東町四丁目にある宅地二五〇坪の土地のうえに二階建の建物を建築するための資金一〇〇万円を得るため、被控訴人の意思を無視して被控訴人の代理人として、本件(一)の土地八〇坪を一〇〇万円で控訴人に売却する旨の売買契約をしたことは、前認定のとおりであり、右の建物の完成後は、被控訴人はそこに居住していることは被控訴人の認めるところであるが、この事実をもつてしては、いまだ被控訴人が利江の無権代理行為を追認したものとはいえず、その他には、第一、二審の控訴本人尋問の各結果以外には右追認の事実を認めるに足りる証拠はなく、右控訴本人尋問の各結果は、〈証拠〉に照らして措信できない。そうすれば、控訴人のこの追認の主張も採用できない。

二そこで、次に、控訴人主張の贈与の予備的請求原因について判断する。

当裁判所は、被控訴人は控訴人に対し、本件(二)の土地を昭和四五年五月一九日書面によつて贈与し、控訴人が同日頃承諾の意思表示をしたものであると判断するが、その理由は、原判決七枚目表一〇行目から同裏八行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、同裏一行目の「証人」の前に「第一審の証人上原義雄の証言により真正に成立したと認められる甲第九号証」を加え、同裏一行目の「原告本人尋問の結果」の次に「(第一、二審)」を加える。

ところで、被控訴人は、右贈与は強迫による意思表示であるからこれを取り消した旨主張するので、この点について判断する。

〈証拠〉によれば、被控訴人は、昭和四五年六月一日控訴人に到達の内容証明郵便をもつて、右贈与契約を強迫による意思表示であることを理由に取り消したことを認めることができるが、〈証拠〉を総合すれば、利江は、被控訴人の兄である荻上英に右建物の建築資金の捻出を含めて建築一切を依頼し、しかも、自分がそれにつき前記のとおりの無権代理行為までもし、英の骨折りで控訴人から一〇〇万円の提供が得られ、この金と被控訴人の資金五〇万円でもつて右建物が建築されてそれが完成し、被控訴人も控訴人から建築資金一〇〇万円が提供されたことを知りながら、右建物の完成後はそこに住まうに至つたことを思うと、右無権代理行為によつて控訴人に売却した土地の所有権をなんらかの円満な方法で控訴人に移転するのが兄弟としての控訴人の好意に報いる当然の道であると考えるに至り、その所有権移転につき、被控訴人を機会ある毎に説得していた。一方、控訴人としては、英がうまく被控訴人と話をつけてくれるものと考えていたが、昭和三九年五月一九日英が死亡するに至つたので、これを機会に、直接に被控訴人に対し所有権移転登記を求める旨の交渉をするようになつた。そして、控訴人や利江の説得で、昭和四〇年五月中旬被控訴人も一時控訴人に所有権を移転する部分の土地の測量を承諾し、その部分を不承不承ながら指示するに至つた。しかし、その後も被控訴人はそれ以上に所有権移転の話をすすめないばかりか、所有権移転の意思がないとまで言うに至り、その意思は支離滅裂となつた。このように被控訴人の態度が控訴人の要求に従つて進んだかと思うと次には退くといつた具合だつたので、控訴人の方としても、英をとおして建築資金を一〇〇万円も提供していることでもあり、被控訴人にもつと真剣に所有権移転の話に応じてもらいたいと思い、屡々被控訴人方を訪ねて交渉を重ねるようになつたが、被控訴人控訴人両名の弟である千春も控訴人に同情し、昭和四五年三月八日には、控訴人とともに、被控訴人方を訪ねて被控訴人の説得にあたり、英の日記を持参して内容(〈証拠〉)を見るように要求し、これを拒まれるや、被控訴人の頬を殴る等のこともあつたが、その場には利江も同席していたが、それをとめに入る程ではなく、その日はその後もやや平静を取り戻して暫く交渉が続けられて別れたものであり、また控訴人または千春から被控訴人に対し夜一一時頃電話で所有権移転の要求をし、被控訴人の態度が煮えきらないため、過激な言辞を弄したことがあつたが、これに対し、被控訴人としては、二階には下宿人がおり、勉強や睡眠の邪魔になつたり、世間態が悪いことをおそれてそのような電話をしないよう断つたこともあることを認めることができるが、右昭和四五年三月八日の控訴人らの行為および右夜間の電話により被控訴人が畏怖するようになつたこと、およびその他被控訴人が右贈与の書面を作成するまでの間に控訴人らの言辞、行為により畏怖するようになつたことを認めるに足りる証拠はない。むしろ、前掲証拠によれば、被控訴人の家族の中では、利江のみならず、被控訴人の子らはいずれも控訴人の要求のように控訴人に対して所有権を移転するのが従来のいきさつから事柄を円満に解決するため必要であると考えていたので、被控訴人の長男荘太郎(当時二七才)ら被控訴人の子らは昭和四五年五月一九日被控訴人の説得にあたつた結果、被控訴人も従来の債権債務を一切清算するために必要であると考えて前記のとおり贈与の書面(甲第一一号証)を作成したものであり、この作成の場所には、控訴人も利江もおらず、右作成後荘太郎らがこれを控訴人のところに届けたものであることが認められる。強迫とは、不法に害悪を通知し、相手方がこれに畏怖することであり、ある行為を強迫というべきか否かは、強迫の目的と方法とを相関的に考察して行為全体の違法性から判断すべきところ、前記認定の控訴人が被控訴人に対し交渉した目的、方法および程度等からみて、そして、更に、右甲第一一号証の記載内容に照らしてみても、右贈与が強迫による意思表示であることを認めることはできない。〈証拠排斥略〉。したがつて、贈与が強迫による意思表示であるから取り消すとの被控訴人の主張は採用できない。

なお、被控訴人の右主張が単なる贈与契約の取消しの意思表示を含むと解するとしても、本件贈与は贈与者の意思表示のみが書面によつてなされた贈与であるが、このような贈与も書面による贈与と解すべきであるから(大判明治四〇年五月六日民録一三輯五〇三頁)、この意味での取消しも許されない。

三そうすれば、控訴人の請求中主たる請求は理由がないから、これを棄却すべきであるが、予備的請求は理由があるから、これを認容すべきである。したがつて、本件控訴は一部理由があり、右と異なる原判決は一部取消しを免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条を適用し、主文のとおり判決する。

(満田文彦 鰍沢健三 鈴木重信)

図面(一)、(二)〈省略〉

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